<   2009年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

働くということ

 使い古された言葉で恐縮ですが、働くとはどういうことかを旨く表現した
言葉があります。

『働くとは、傍(はた)を楽(らく)にすること』

 この言葉を、ほとんどの社会人は一度くらい聞いたことがあるでしょう。
学生さんや新社会人は初めて聞く言葉かも知れません。しかし、社会人に
なれば、遅かれ早かれ誰からか聞くことになる言葉だと思います。

 私も、社会人1年生の時に、心の師匠、山崎忠志さんから聞いた言葉でした。
『働くとは、傍を楽にするっていう意味や!』と初めて聞いた時、私は…

『え?ダジャレ??』と、いかにも馬鹿な印象を持ってしまいました。しかし、
今となっては、山崎さんが教えてくれたどんな言葉よりも、私の中に強烈に
生き続けている言葉なのです。
私が、最初そんなふうに思ったことで分かるように、正直言って、この言葉は
口にするのが、ちょっと恥かしくもあります。そういう意味では、最近では
死語(これまた古い・・・)になっているかもしれません。

だけど、働くということを、こんなに短く、わかりやすく表現している言葉も
他にない気がします。

『働くとは、傍を楽にすること』
しつこいようですが、良い言葉です。
残念なことですが、この言葉の真意を理解して働いている人が少ないのが、今
の社会の現状ではないかと思うのです。

 私は、会社でいろんな仕事をしています。もちろん本職は営業ですが、営業
マンの訪問活動以外にも、イベントの企画、チラシの作成、マーケティング調査
、メーカーへの交渉、営業戦略の立案、後輩社員への指導・育成、パートの教育
、ビジネスネットワーク構築、モデルハウス建築のための用地探しからプラン
ニング、インテリアコーディネート、ホームページの校正、カタログの作成、
新卒・転職リクルート業務・・・など
すべて自分ひとりでやっている訳ではありませんが、他の営業マンは純粋に
営業活動のみをやっているので、それに比べると少しハードな仕事量だと
思います。

したがって、これらの膨大な仕事を、何のためにやるのか?と問われれば、
答えは簡単!

傍を楽にするためにやっているのです。

これらの仕事を、私が頑張る事で良い実績を残すことができれば、必ず、
社長も上司も後輩も楽になるのです。そして、私も、その人達に助けられて
楽になるのです。
できる人は、自分一人で仕事をしている錯覚に陥りやすいですが、どんな仕事
でも一人では出来ません。
仕事とは、持ちつ持たれつ助け合いながらやっていくものです。
それが組織というものだと思います。
したがって、人がめんどくさくてやらないことを進んでやることに、大きな
意味が出てきます。人に言われてからやるのでは、人を本当の意味で楽にする
ことにはならないのです。

 新入社員でも、そう考えて仕事に取り組むと、自分がやることで『傍が楽に
なること』を常に考えれるようになり、“仕事を待つ”姿勢から、“仕事を探す”
姿勢を自然と持てるようになります。
そうすることで、上司や先輩から多くの“助け”を得られるようになっていく
のです。

これを私は“傍楽スパイラル”と名付けています。

今回は、当たり前のことを書いてしまいましたが、今一度、初心に帰る気持ちで
このおやじギャグっぽい(笑)言葉である『働くことは傍を楽にすること』を
考えてみてはどうでしょうか?
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-27 10:36

将来性のある仕事を選ぶ①

仕事選びは、人生選びだと言う人がいるが、まさにその通りだと思います。
しかし、学生時代に、それほどの覚悟で「仕事」に向き合っている人は、
驚くほど少ない。
そういう私も、新社会人になる時は、そんな感じで就職活動はしなかった。
世の中には、数千万種類の仕事が存在すると思うが、どんな仕事でも永久に
同じ事を続けられる仕事はない。時代の変化に順応し、仕事もスタイルを変えて
いかなければ、いつか終焉を迎えてしまう。それが、ビジネスのセオリーなのである。

この「時代の変化」とは、政治、経済、景気、社会情勢、物流システム、
情報システム、金融、不動産など、いろいろなことが起因しているが、
意外とある程度のことは予測できるものである。
たとえば、少子化問題を上げてみよう。
「少子化」という言葉が使われたのは、私の記憶だと20年くらい前だと思う。
年々、出生率が下がり出し、このままでは数十年後は年寄りが若者の数を
上回るという予測が立てられた。
そして、20年後の今、それが現実のものとなっている。
政府が、有効な少子化対策をとらなかったから、現時点では少子化に歯止めが
かかることはないだろう。国民周知の事実である。

Q. はい、そこで問題です。この「少子化」によって、日本の未来がどうなるか
   考えてみてください。

たくさんの予想回答があると思います。しかし、その答えの中に現時点ではっきり
していることがいくつかあります。そのひとつは、学歴社会の終焉です。
これは、真実です。

では、なぜ学歴社会が終わるのか、それは、大学の質が落ちるからです。
正確に言うと、一部の国立や私立のみが大学の質をかろうじて維持し、
それ以外は横一線になります。それもそのはず、学生の絶対数が減るのだから、
当たり前のことです。
どの大学もこぞって学生を集めるでしょう。そうなると、試験の足切り点を下げ、
今まで入れなかった者まで大学に入るようになります。そして、質が著しく下がる。
民間の大学は潰れるところも出てくるでしょう。

私達の世代は、受験が人生を左右するターニングポイントでした。良い大学を
卒業すれば、良い会社に入社出来たのですが、これからはそうはいきません。
事実、学歴だけで採用を決める会社はだんだん減ってきました。
より、専門的な仕事のスキルを持つか、責任感、行動力、目標意識などの社会人の
基本スキルを試されることが多くなってきています。事実、当社でも学歴は最初から
選考の対象になっていません。

私は、この事にわりと早く気付いていました。
一応、大学は卒業しましたが、就職の為に大学に入った訳ではありません。
単に、進むべき道が分からなかった(遊びたかった?)から大学に進学しただけでした。
しかし、良い会社や良い職業に就く為に受験勉強している人がいたら、無駄なことは
止めたほうがいいかもしれない。特別秀才ならまだしも、ちょっと賢いくらいなら普通の
大学を出ても社会人としての「武器」にはならないのである。
良い大学に入る勉強をするより、好きな分野の専門的な勉強をする方が、社会人として
の「武器」になるのです。

私には9歳の娘がいるが、頭も普通なので、最初から受験勉強をやらなくていい
と言っている。それよりも、彼女が興味のあることに時間を使わせた方が、社会に
出ても役に立つと思うからである。

話を戻そう。仕事における「時代の変化」も予想がつくものが多い。
これには、明確な答えは無いが、予想を立てることで、
自分の進むべき道を選択しやすくなる。
私は、以前「家具営業」をしていたと前に書いたが、
今や「家具営業」は姿を消してしまった。
私は6年間家具を売ったが、最初の3年くらいで、
「この仕事は長くやり続けられないぞ!」と思ったものである。
それは、これから先は、住宅のクローゼットの普及でタンスを買わなくなり、
若者は専門店よりもインテリアショップで気に入った家具を買うようになるのでは?
といった私なりの予想があったのです。
それが、転職の動機のひとつでもありました。
もちろん、その会社で違う部署で仕事をする選択肢もあったのですが、
私はこの「営業」という仕事に“ぞっこん”になってしまったので、
もっと「将来性のある仕事」に特化して営業をやって行こうと心に決めました。

そのことを踏まえた上で、就職、転職活動をするのはかなり有効です。

そういえば、4年ほど前に「メロンパン屋」が流行ったのを覚えていますか。
だいたい3坪くらいの小さな店舗で、“出来立て”が売りのメロンパン屋。
私が初めて見た時は“寒気”がしました。一目でわかる将来性の無さです。
お客さんは並んで買っていて、店は大繁盛しているのですが、私には、1年先の
姿が目に浮かんだのです。
私の、知り合いの知り合いも、このメロンパン屋をすると言って、メロンパンを焼く機械と
移動販売用のワゴン車を購入し、合計500万ほどの設備投資をしたらしいです。
しかし、結果は無残です。こういう失敗は若い内ならともかく、
ある程度、歳をとってからだと立ち直れなくなります。

そうならない為にも、社会人の「予知能力スキル」を高めておいた方が、
賢明だといえるでしょう。

クリックよろしゅう~
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-23 08:54

気付きの美学

私は、大きな勘違いをしていました。
と言うのも、私の持論は、「営業マンは言うか、言わないかで能力が決まる」と
思っていたのですが、最近、この考えの大きな誤りに気が付きました。
この、“言うか、言わないか”について少し説明します。これは、私が他の
営業マンと同行して、お客様との折衝をしているのを見ている時、
「自分だったら、ここでこう言うな」と思うことを、必ずと言っていいほど、
“言わない”のである。

例えば、お客様が「この価格では高い。もっと安くしてくれよ」と言ったとする。
このお客様の要望に対しては、必ず“提出した価格がいかに努力した価格
なのか”を説明しなければいけないし、お客様が具体的な値引き額を要求し、
値引きに応じないと契約そのものが駄目になってしまう場合は、すぐに要求
された値引きに応じるのでは無く、必ず“こちらの譲歩額”を段階的に提示し
なければならない。
こういった場面に遭遇した時に、後輩の営業マンに、心の中で「ここで、納得
してもらう説明を!」と思うのだが、それを言わないのである。

これでは、契約できないし、契約できたとしても、適正な利益は得られない。

そもそも、お客様に対するこちらの提案は、お客様に取っても“対価に値する
利益“があるのです。だから、こちらが企業努力して出した見積りを、臆する
必要など何もないのである。

最初、こういったお客様の商談を通じて、考えた事がある。
「言わない営業マン」は、心理的に“お客様に遠慮している”のだと考えたのだ。

「お客様に嫌われたくない」とか、「値引きに応じないと契約してもらえない」など
と考えてしまうのである。これは、営業マンの“負”の心理であることに間違いは
ないが、これには、もっと大きな落とし穴がある。
それは、その営業マンは、なぜ、この見積り金額で契約しなければならないか
に“気付いて”いないのである。
だから、「この見積りは、もう少し安くしても大丈夫だ」など、営業マン自身が、
見積りを高いと思ってしまい、結果的に安売りをすることになり、
悪循環を引き起こしてしまう。

そういう意味では、営業マンは、常に“原価意識”を持っておかなければならない。
その契約にかかる営業経費、工事にかかる人件費や材料費、そして、引渡し後
のメンテナンス費である。

大雑把に分けたが、営業経費ひとつを細かく分けても、まず、顧客発掘するための
イベントやチラシ広告の費用から、訪問時のガソリン代、車輌の維持管理費、設計
やプレゼンにかかる人件費、書類作成にかかるコピー代やホッチキス等の文具費、
そして何よりも、営業マンの給料が一番の経費なのだということを意識しなければ
ならない。

だから、値引きをすることで、その商談における固定経費は別として、変動経費で
ある自分の給料や、それに関わった人の給料は確実に減っていくのである。
値引きをするということは、“自分を安売りする”ことだということに、気付いていない
営業マンが如何に多いことか…

「そう言われても、給料は固定給だから、関係ないよ」と言う人が居たりもするが、
そういう人は、それ以上、自分の給料が上がることはないだろう。

要は、契約までのプロセスにかかる経費をしっかり把握した上で、自分自身が
“最低これだけの利益を確保しないといけない!”という、明確な「見積り金額の根拠」
を持っていなければ、クロージングの段階で、の入った商談が出来ないのである。

また、いつも契約になる商談ばかりではないことを考えると、契約に至らなかった
商談にかかった経費はマイナスになる。だから、成約率を上げる努力をしなければ
ならないのだが、その前に“値引きを減らす”ことに、営業マンは全力を注がないと
いけない。

このことに“気付いてない”と営業マンとしては成長しない。
「接客マナー」や「商品知識」の前に、必ず認識しておかなければならない、言わば
“営業のセオリー”のようなものである。

これは、ほんの一例に過ぎないが、ビジネスシーンにおいては、行動のための根拠
が必ずある。
逆に言うと、根拠のない行動はあってはいけないのである。そういう意味
では、日々の行動を見つめ直し、その根拠とは何なのか?を考えなければならないし、
根拠なく行動していることはないかを、改めて分析してみる必要がある。

それが、あなたにとって、無数の“気付き”を与えてくれるはずである。

最近、私も、このブログを書くようになって、いろんなことを考えるようになった。
今まで無意識にやっていたことを、理論的に考えて文章化していくという作業によって
気付かされることが沢山ある。

これからも、ブログを通じて、様々なことに自らが“気付き”、たくさんの人に“気付いて”
頂けたらと思うのが、私の「気付き」の美学なのである。
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-16 22:31

営業には「つっこみ型人間」が向いている!?

  関西地方の文化に、「ぼけ」と「つっこみ」というのがある。
漫才における役割分担の“あれ”である。関西の人は、
一般の人もこの「ぼけ」と「つっこみ」を日常生活の中で自然と具現化している。
福岡へ来て、関西にいた頃の日常生活を振り返ると、その“異様”さに驚かされる。
日本中どこでも、ぼけたり、つっこんだりしていると本気で思っていたものである…
 
 大学時代は、よく、「ぼけ」型人間と「つっこみ」型人間がコンビを組む
ということがあった。
同じサークルの中で6、7組のコンビがいて、みんなが“面白さ”を競っていた
。(落研ではありません。音楽サークルです…)
「M1グランプリ」が出来る何年も前から巷では、
小さい世界で「誰が一番おもろいか?」が基準となるコミュニティーが
あちらこちらで存在したのである。
まことに恐ろしや関西文化…

 で、私はというと、相方とコンビを組んだ時は「つっこみ」を担当していました。
別に、自分で「つっこみ」に向いていると思っていた訳ではないのですが、
そこは関西文化。
日常会話で「先輩のつっこみ最高ですね~」と批評する奴が現れる。
そして、「ぼけ」の上手い奴が、「一緒にコンビ組みましょう!」って誘ってくるのです。
嘘のような本当の話です。

この学生時代の「お笑いコンビ結成」が、後の社会人になって営業職に就いた私に、
これほど役立つことになるとは…その時は考えもつきませんでした。

まず、「ぼけ」と「つっこみ」の性質の違いを説明しましょう。
「ぼけ」の人間は、一言でいうと“天才”肌に多い。
「感性でぼける」とでも言いましょうか…
職業でいうと芸術家や職人みたいなものです。
ビートたけしや松本人志は代表的なぼけ芸人です。
だから、ある意味、サラリーマン社会には適合しない人が多いような気がします。
一方、「つっこみ」の人間は、天性の才能ではなく、努力で上手くなる場合が多い。
そして、相手が、ぼけた時、いかにして「素早く」「適格に」「面白く」つっこむかが
最大の命題となり、それが「つっこみ」の質を著しく向上させていくのである。
これを日常会話の中でずっとやっていると、
自然に「相手の話をじっくり聞くようになる」、
「相手がぼけるタイミング、自分がつっこむタイミング、
いわゆる“間”がわかるようになる」、「相手のぼけに対し、
どのようにつっこむと面白いか瞬時に頭で考えられるようになる」などが
出来るようになっていく。

明石家さんまや浜田雅功を見ていると、この人の頭の中どうなってんの??
と思うくらい、ものすごい「つっこみ」をする。
そして、その「つっこみ」は年々進化し続けている。
また、司会など大人数を相手にすることの出来るのも「つっこみ」の要素である。
さんまや浜ちゃんは、たぶん違う業界で仕事をしていたとしても
大物になっていたはずである。
そういう意味では、社会人として順応できるのは、「つっこみ」型人間だと私は思う。

この「つっこみ」型人間のスキルは、「営業マン」としてのスキルに驚くほど直結する。
たとえば、お客様との会話で、お客様が「マイホームはまだ考えていません」
と言ったとする。
このスキルが無い人は、「あ、そうですか…では、考える時が来たら
当社も検討してくださいね」とか言ってしまう。
そういう人は、お客様がなぜマイホームを考えていないのか?ということに
疑問を抱かないのである。
一方、「つっこみ」型人間は、いつも頭に「なぜ?」がある。
お客様はなぜマイホームを考えていないのか?それは、もしかしたら資金面なのか、
お子様の就学時期の問題か、両親が同居をしたいと思っているので
すぐに考えられないのか?…など、その理由まで想像する。
そして、その理由を聞く為の質問(つっこみ)を上手にする。
絶妙な間で。

そうなのです。「つっこみ」とは、上手に「質問」が出来るように
脳を回転させる特殊能力みたいなものなのです。
私は、大学時代の「つっこみ」型の友人が、「ぼけ」型の友人よりも
社会人としては成功しているという事実を見て、このことに仮説を立てました。
もしかしたら、間違っているかもしれませんが…(ぼけの人すいません)

しかし、関西文化の中で「大阪商人」や「近江商人」などの素晴らしい
商人(あきんど)を産み出した歴史的事実は、この関西独特の古くから伝わる
「ぼけ」「つっこみ」文化が少なからず商売に影響を及ぼしたのではないでしょうか。

そして、今まで考えたことなどないでしょうが…
自分は「ぼけ」タイプなのか、「つっこみ」タイプなのかを考えてみて、
仕事選びをしてみてはどうでしょうか?
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-09 23:27 | 営業の仕事

「生き金」 「死に金」

人生の目標は?と聞かれたら、「お金持ちになりたい!」と
答える人は少なくないでしょう。
私も、少し前までそう思っていた内の一人です。

基本的な考え方として、「仕事」=「金を稼ぐ」という理論は
間違ってないと思います。
しかし、「金を稼ぐ」ためだけに仕事をしているのかと言われれば、
それも違うような気がします。
若い内は、仕事を勉強だと思う方が自分自身のモチベーションを
維持できる気がしますし、一通りの仕事を覚え、組織の中軸になってきたら、
仕事をお客様への奉仕(サービス)活動と捉え、また、人材育成の場と
捉えるべきではないでしょうか?

まあ、その話は別の機会で述べるとして、今回は「お金」について
少し論じてみたいと思います。

まず最初に、私は、「ケチ」な人が嫌いです。
だから、自分は「ケチ」な人になりたくない。
他人より、お金を稼げる優秀な人は立派だと思うが、
その稼いだお金をどのように使うかが、人間の価値を決めるということに、
意外と気付いていない人が多いのにびっくりさせられる。

では、一番賢いお金の使い方とは何か。
このブログのタイトルの「生き金」とは何かを考えてみたい。

私は、一番賢いお金の使い方は、「自己投資」に使うお金だと思っている。
逆に「死に金」とはギャンブルにつぎ込む金だろう(これは質が悪い)。

「自己投資」とは、まず、脳への投資。セミナーに参加したり、
本を読んだり、必要な資格を取る為の学費、はたまた、脳に刺激を
与える為の投資など。私の場合は美術館や博物館
に行ったりして、本物の芸術に浸ることだったりする。

次に、身なりへの投資。他人に不快感を与えない身なりへの
気遣いは営業マンとしての最低のマナーだと言えよう。
別にブランド物の洋服を着なさいというわけではない。
安物でも、ちゃんとアイロンのあたったワイシャツを着たり、
清潔なハンカチを常に携帯したり、靴はいつもピカピカだったり、
当たり前と言えば当たり前だが、気を抜くと中々きっちりできない
のが身だしなみである。
また、こういったことをきっちりしようとすれば、多少のお金がかかるものである。
特に独身男性なら、自分でアイロンをかけるのが
めんどくさいだろうし(私だけかな?)
毎回クリーニングに出したら、替えのシャツは少なくとも1週間分は
用意しておかなければならない。
毎日着るものだから、すぐに傷むし、襟や袖口が擦り減ったシャツを
お客様訪問時に着たりしたら、それこそ、あなたの価値はがた落ちである。
(お客様は、見てないようで見ているものです)

お次は、身体への投資。
一流の営業マンは、これを一番重要視している人が多い。
よく、身体が資本だ!というが、本当にその通りです。
営業マンは、それでなくても食事の時間が不規則になりやすい。
それなのに、お昼も夜もコンビニの弁当など食べていたら、栄養は片寄り、
いつか大病を患うはめになりかねない。
そして、普段移動は車ばかりになってしまうので、適度な運動を自分で
心がけないと、気が付いたら“メタボ”な身体になってしまうのである。

私も、最近ウォーキングを始めた。休みの朝、早起きして、
近くの大濠公園を2周するのだが、1周2キロなので合計4キロ、
たった4キロでも普段1日では歩かない距離である。
そして、朝の公園はとても清々しい。
何でもっと早く始めなかったのかと思うくらいである。

食事といい、運動といい、何でもきっちりしようと思うと多少のお金がかかる。
食事は、一人分を作るのが一番割高になるし、野菜や果物は
食材の中では高いほうである。
運動は別にジムなどに入会はする必要がないと思うが
(長く続けている人を見たことがない)
スポーツウェア一式新調すれば、少なくとも3万円はかかる。
最近はIpodや運動便利グッズなどたくさん売られているので、
楽しみながら運動したければ、多少の出費は覚悟しなければ
快適性は得られない。

そして、最後は人付き合いの投資である。
これは得意分野だ!と思う人がたくさんいると思うが、
夜飲みに行くのが人付き合いとは限らない。
要は、コミュニケーションを随時図っているかということである。
たとえば、私の場合、住宅営業なので、現場に行くことが多い。
その時、必ず現場の職人さんに缶コーヒーやジュースを
買っていくようにしている。
平均2,3人の職人さんがいて、現場が5つあるとする。
週に1回は現場を覗くとして、月4800円~7200円の飲み物代が
かかることになる。
これを惜しいと思っては、職人さんとのコミュニケーションは図れない。
考えてみれば夜飲みに行く1回分である。
それで、数十人の職人さんといろんな話をしやすくなる。
安いものだと思う。

また、後輩と昼ご飯を食べに行く時は、必ず自分が後輩分も
支払うように心がけている。
毎日というわけではないし、昼食というフランクに過ごせる時に
いろいろ会話をして私なりに後輩とのコミュニケーションを取っているつもりでいる。
後輩に奢るという行為は、その後輩が先輩になった時に「昼飯でも食べにいこう!」と
後輩を誘ってやって欲しいとの願いがある。
私も先輩たちにそうして頂いたし、後輩にそれを受け継ぐのは
至極当然のことだと思っている。
だから、ケチな人がいると、「あ~この人、損してるな~」って思ってしまう。
たかが、数百円で他人から人間価値が低いと思われてしまうのである。

お金を「生きた」使い方をする人でいれば、自然とお金では買えないモノを
得られるようになるのである。
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-06 20:33 | 私という人間

「真似る」の美学

私が育った関西地方では、子供の頃、他人を罵倒する言葉に「真似し、漫才、田舎の乞食」
という言葉がありました。いつの世も、子供は残酷な言葉を平気で使います。
こんな言葉を浴びせられた友人達は、言葉を発した奴に飛び掛かるか、「うわ~ん!」
言って泣き出すかどっちかでしたが、当時の私はこの言葉にあまり敏感に反応しません
でした。理由は、「乞食」は別にして、関西地方のアイドル的存在の漫才師が入っているし、
真似ることも「そんなに悪いことか?」と思っていたからです。

私の「真似る」美学の発端となった出来事があります。
それは、小学校3年生の時、私は給食を食べるのがクラス1遅かった。
友達はみな、給食をなるべく早く食べて、少しでも遊ぶ時間を確保しようとしていた訳ですが、
私は女子よりも遅く、休み時間後に掃除をする為に教室の後ろにずらされた机の中で、
一人ぽつんと食べているのが毎日の光景となっていたのです。
今思うと、本当に「いけてない」小学生です。
小学校3年にもなると、少々、女子にも意識する頃で、私にも好きな女の子がいました。
この、給食のろのろ人間のレッテルをなんとかしなければ!!
と本気で打開策を考えるようになりました。

そして、ある日、あることに気付いたのです!
クラスの中で一番早く給食を食べる花田君に、「一緒に給食を食べていい?」と持ち掛け、
強引に花田君の正面に座り、花田君の食べるのと全く同じペースで食パンをかじり、
牛乳を飲み、おかずを食べ・・そうやってみたところ、なんということでしょう!
私は初めてクラスで1番(同率)早く給食を食べ終わることが出来たのです!!!
(花田君はかなり嫌がっていましたが…)
「そんなん当たり前やん」て言われそうですが、このことに気付いた私は、その事件以降
「困った時は、真似るのが一番や!」と思うようになり、現在に至っています。

社会人になって、この「真似るの美学」は本領発揮してきました。プライドは人一倍
高い私でも、こと「真似る」ことに抵抗はなかったので、真似て真似て真似まくりました。
当時、新入社員として入った会社には、先述した山崎課長と、これまた凄い先輩である
池田さんと米澤さんという3人のお手本がいてくれました。
私は、この3人を観察し、その中で長所だけを真似ることに全力を尽くしました。
ある時は、話し方を。ある時は、訪問スタイルを。ある時は、企画書の書き方を。
3者3様、良いところがあれば、悪いところもある。当たり前のことですが、一人を
100%完璧に真似るより、3人の良いとこ取りをする方が、絶対良いに決まってます。
そして、自分に足りない物は何かを明確にすることで、自分が「しなければいけないこと」を
はっきりさせることができました。
また、この3人に営業成績でいつか勝ってやる!と強く思える目標が出来たのです。

ついに、入社4年で営業トップになることが出来たのですが、これも諸先輩方のおかげです。
入社当時、正直、自分には実力がありませんでした。それを認めた上で、謙虚に先輩方の
行動や接客の仕方、目標意識、行動管理などを学び、実行し続けたことで、みるみる実力が
ついてきたのです。
何の得意とするものがない自分が、こうして営業トップで居続けられた訳は、唯一、吸収が
早かったことが挙げられます。自分では「スポンジ人間(笑)」だと思っていますが、
悪いことは排除し、良いことだけを吸いげることが出来る「スポンジ人間」になれば、あなたも、
社内で突出した人間になれるでしょう。

これも小3の時、給食食べるのが遅かったおかげで発見できた「真似るの美学」の賜物だと
思う今日この頃です。
[PR]
by tadamatsu-ken | 2009-04-03 16:46

営業パーソンのための自己改革ブログ


by tadamatsu-ken
プロフィールを見る
画像一覧