山の向こう側

山の向こう側はどのようになっているのだろうか?

社会に出て4年くらい経った時期に、よくそんなことを考えていた。

働くということは、山登りに似ている。
険しい道をひたすら歩き、途中には行く手を阻む障害物がいっぱいある。
晴れた日もあるが嵐や吹雪の日もある。
頂上がどこにあるのか?どれくらい登れば辿り着くのか?
そんなことも分からずに一心不乱にただただ歩く・・

そんな気持ちで山に挑んでいると、必ず心折れそうになる。
なぜ自分は山に登っているのか?
こんなにしんどい思いをしなくても、もっと楽な方法があるのではないか?
そもそも頂上には何もないのではないか?
そんな想いから、志半ばで歩くのを止めてしまう者、下山する者が多くいる。

私はというと、この18年で2つの山を登りきった。
頂上を見たことのある自分がひとつだけ言えることは、
『頂上には何もない』ということ。
しかし、景色は素晴らしい。山の向こう側が綺麗に見えた時は
言葉に出来ない感動がある。

そこには、今までお会いしご縁になったお客様の笑顔があった。
山の向こう側でみんな満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔が、今まで苦しかったことや辛かったことを吹き飛ばしてくれたのだ。
そして、次の山に登るための活力と勇気を与えてくれた・・


『永業塾』を主催する中村 信仁さんはこんなことを言っている。
山を登っている時は、苦しさから下を向いて必死で前に進んでいる。
しかし、山を降りる時は、顔を上げて悠々と自信に満ち溢れた表情になる。
このことは、実は苦しい時ほど、あなたは上り調子にいて、
すべて順調に手放しで歩いている時ほど本当は下降しているのだということ。


人生には、いろんな山がある。
どの山を登るのも自由だし、選択権はあなたにある。
でも、不思議なことだが、山を登った向こうにあるものは、
どの山を登っても同じだ。
標高も違えば、傾斜も違う、登る時期によって天候などの環境も違ってくる。
しかし、行き着く先は一緒なのだ。

ならば、心折れそうな時は一緒になって考えてくれたり、
もう歩けないほど疲れている時は手を繋いで引っ張ってくれたり、
嵐の吹く時は、一緒に雨宿りしてくれる仲間と一緒に登ろうよ!

俺が責任持って頂上に連れて行ってやる。
無責任で言ってるのではない。その手助けは十二分にやってあげられる。
そうして、頂上に行き着くまでに出会ったお客様から、あなたは掛替えのないものを
得られるだろう。それは、頂に達したものだけが得られる何かだ。

そして、2つめの山は自分で好きなものを選んで登ればよい。
俺がそうだったように、1つめの山を制覇した自信と集中力を持って
次のもっと壮大な山に挑むんだ。
それが成長であり、それが人生なのだ。

楽な山などありはしない。
その山が険しければ険しいほど、あなたの成長につながる。
だけど、一気に登る必要はない。
休み休み登って良いんだよ。
前を向いていることに意味があるんだ。
降りてしまったら、また最初から登らなくちゃいけないのだから・・


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by tadamatsu-ken | 2012-03-04 23:59

営業パーソンのための自己改革ブログ


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